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プロフィール

ピアニストいしはらみつよのプロフィールです

石原 光世(いしはら みつよ)
石原光世写真

大阪音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業。
ソロ活動のほか、声楽、器楽の伴奏ピアニストとして数多くの演奏会に出演。大阪音楽大学大学院オペラ研究室でピアノ伴奏を担当、助手を経て非常勤講師として25年奉職。その間に通信教育で幼稚園教諭の免許を取得、1年間補助教員として勤務の後、高等学校でピアノ実技の授業を担当する。
コンサートの企画、講演、執筆など活動は多岐にわたり、1999年より、ハンディのある人もない人も一緒にクラシック音楽に親しんでもらう「バリアフリーコンサート」を展開中。
また子どものためのファミリーコンサート「ハッピーバースディバンド」で毎年ツアーを行う。
茨木市音楽芸術協会会員。

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以上が公式プロフィールでして、
ピアノ以外の音楽活動になると、もっと範囲は広がるのです。
(^^)

6歳より自己流の作曲を始め、小学校6年生の時、毎日小学生新聞「ぼくとわたしのメロディー」 第2回年間賞 作曲の部 優良賞を受賞。
中学、高校時代はブラスバンド一色、パーカッションを担当。大阪府立春日丘高校2年の時、 作曲したポピュラーソング「孤悲(こい)」でNHKテレビ「あなたのメロディー」に出演(歌唱:アグネス・チャン)。 高校3年の時、長野県「ヴィーナスラインの歌」作曲佳作入選。第12回「全国高校生音楽賞コンクール」作曲部門奨励賞受賞。
作曲とブラスバンド三昧の少女時代を過ごしたにもかかわらず、大阪音楽大学ピアノ専攻へ進学。 大学時代は演劇部 劇団「調(しらべ)」に所属、自作自演のミュージカルに没頭、「歌って踊れるピアニスト」を目ざしていた(?)。
大学在学中より、知的障がいのある子どものピアノ指導を始め、1995年、生徒たちによるサークル「ひやくジョイントかんぱにぃ」を結成、「ひやくジョイントこんさあーと」を開催している。
1993年ポリドールからリリースされたゲームミュージックのイメージアルバムCD「ブルーフォレスト物語」でなぜか歌手デビュー。
「無理せず、無駄なく、楽しく」をモットーに活動を展開している。

☆これまでの活動

  • 1989年
    大阪音楽大学卒業
  • 1990年
    大阪音楽大学教育助手として勤める。関西歌劇団準団員公演にてG.プッチーニ「修道女アンジェリカ」で伴奏者デビュー。
  • 1991年
    この年より大阪音楽大学大学院オペラ研究室に勤務。
  • 1992年
    初めてのジョイントリサイタル「ジョイフルピアノリサイタル」開催。
    第5回和歌山音楽コンクールでピアノ部門第2位受賞。
  • 1992〜98年
    ※この間に伴奏者として、各種演奏会、NHK‐FMなど多数出演しているようだが、詳細は不明。
  • 1998年
    ザ・カレッジ・オペラハウスにコレペティトゥールとして採用されるが、目立ちたがりのため、 スタッフという職業が性に合わないらしく、2001年のG.メノッティ「領事」を最後に、仕事はしていない。
  • 1999年3月
    西本智実指揮 大阪シンフォニカー交響楽団とF.F.ショパン「ピアノ協奏曲第1番」を協演。
  • 1999年11月
    第1回バリアフリーコンサート開催。
  • 2000年
    「2台のピアノによる秋の名曲コンサート」(いずみホール)にてG. ホルスト「惑星」を演奏。
  • 2002年
    茨木市音楽芸術協会で初めて企画委員長を務めた「主役はピアノ!」が大当たり。お客さんが来すぎたとかで結局怒られる。
  • 2004年
    再び茨木市音楽芸術協会のオペラ「魔笛」(茨木市生涯学習センター「きらめきホール」こけら落とし公演)企画委員長を務め、チケットが発売と同時に完売、またまた怒られる。
  • 2005年
    ファーストリサイタルを地元でこっそり開催。内容はトークショーだったかも。今後この道を驀進?
  • 2006年5月
    シンガーソングライター 与野ひかりの名前で初のCD「今、この時」をリリース。
  • 2007年
    大阪芸術大学短期大学部保育学科を卒業、幼稚園2種免許を取得。この頃から、幼稚園、保育園向け音楽鑑賞会「パンダジャムコンサート」本格始動。やがてMAG♪Ensembleの「ハッピーバースデーバンド」と合体、歌って踊れるピアニスト《パンダさん》のキャラクターで親しまれている。
  • 2010年
    ソロリサイタル「シューマンの軌跡」を開催。クララ・シューマンの半生を語りと音楽で綴る、というもの。本人は初の女役(?)でイメチェンに苦労していた。
  • 2011年
    祖母、母、義理の妹が次々亡くなる。試練の年。
  • 2014年
    弟の転職に伴い、3人の姪甥の《代理母》業スタート。
  • 2015年
    大阪音楽大学非常勤講師を卒業。幼稚園の補助教員をしながらフリーランスとして音楽活動を続ける。教会コンサートの出演が激増した年。
  • 2016年
    高校の幼児教育コースでピアノ実技の授業を担当。声が大きく、キャラが濃く、服装がヤバい(?)ピアノの先生として女子高生の人気を博していた…らしい。 与野ひかりファーストアルバム完売。讃美歌のみに絞ったセカンドCD「いつもたのしい」出版。
  • 2017年
    バリアフリーコンサート企画CD「のろさかんの世界」発売。ここでは珍しく?ピアノを担当。
  • 2019年
    本人も知らない間に人事のゴタゴタに巻き込まれたらしく、高校教師を卒業。この期に及んで初めて(?)中学校の音楽の先生になる。(もっと早くても良かったのにナゼここ??)
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☆執筆活動その他

  • 2003年
    日本機関紙出版センター発行「宣伝研究」3月号「草の根の音楽」
    大阪府社会福祉協議会発行「ボランティアOSAKA」
    兵庫県教育委員会発行「兵庫教育」11月号
    茨木市・茨木市教育委員会発行「しあわせへのみちびき」
  • 2004年
    シティライフEAST 3月号
    茨木郵便局発行「ポスト通信」春号
    広報いばらき11月号
  • 2006年10月
    講演会「バリアフリーと人の輪と」於:阪神養護学校
    同講演会は以下の場所でも開催
    ・高槻市ゆうあいセンター
    ・茨木市立三島小学校
    ・茨木市立耳原小学校(2011年6月12日)
    ・茨木市豊川公民館人権講座(2012年9月13日)
    ・宝塚市あいわの集い(2016年6月26日)
  • 2006年12月
    福祉のひろば12月号(総合社会福祉研究所 編集)「音は楽しい!」